論文博士取得まで 〜私の場合〜
スタートラインに立つまで
私は論文博士に関して、ばくぜんとした知識しかない状態でした。
修士時代に研究室に企業からの出向研究者がいたので雑談の中で「博士取らないんですか〜?」という会話をしたり、論文博士が今後なくなるらしいという噂を聞いたりした程度です。
私の場合、博士に進学する気持ちもほんの少しはありましたが、金銭的なものやアカデミックの就職難などを考慮して企業に就職しました。
就職に関しても絶対に研究職じゃなきゃ嫌だというものでもなく、技術者であればいいやというスタンスでした。
なんなら技術営業も選択肢でしたから、ほとんど好き嫌いはなかったですね。
企業に就職すると、開発に配属され、8年目になる現在でもほとんど変わらない仕事をしています。開発なので商品化を目指す部署ですが、ラッキーにも商品化間近な製品を担当できました。
しかも期待された商品というわけではないので、自分が中心となって開発ができました。
就職活動で少数精鋭というと聞こえは良いですが、悪くいえば窓際みたいなもんですよね… 😥
商品化間近というのは、ある程度特許も出し終わっており 😉 、社外発表が比較的容易でお客さんのアピールも兼ねて早い時期から学会発表などできるものなんです。
いろいろなアプリケーションに適用できたのも運のうちで、何個かのアプリケーションへの適用で論文を書くこともできました。
大きな売り上げを上げていないので社内的には微妙な製品です(笑)
職場にいた上司の一人が論文博士を持っていて、詳しい話を聞けたことが私が論文博士を目指すきっかけでした。
ちなみに論文ですが、インパクトファクターは全然高くありません。
国内学会の英文誌であったりもしました。企業の論文は、インパクトファクターより読まれることを前提にして投稿したりもしますので。
お世辞にも「博士をとって見たほうがいいんじゃないか?」とお声かけいただくレベルではありません。
論文に関しては、先輩や共同研究先の先生に指導していただきましたが、自分で執筆しました(一応)。
どこで取るか?
私の場合、共同研究も実施していたので共同研究先で取ることも選択肢の一つでした。
一方で、①そこの先生で博士を取得した場合、学問的に今の企業の職種と隔たりがあるのがなんか嫌だなぁ(笑)と思ったこと、②論文博士ではなく、課程に入る可能性があったこと。
などから、この大学での取得を保留して母校の恩師に相談しました。
母校で断られたらここで取るつもりでした。
春 〜スタートライン〜
恩師に相談したところ、論文博士の実績もあるので問題ないですよ。とのこと!
主査も引き受けていただけました。
ただ、ファーストの論文がもう一本あったほうが良いとお言葉はいただきました。
インパクトファクターも伺ったところ、そこまで問題のない状況でした。
しかしながらこの一本の論文がなかなかのハードルでした。
当時はこの論文も書いている途中だったので、目標としては、この年度の3月末としました。
私が取得した大学では、3月末に学位を取得する場合は、10月頃に予備審査(学科内審査)を終了し、11月頃から本審査のスケジュールに移っていきます。
本審査前までにアクセプトが確定されていれば問題ないということでした。
夏 〜第一報〜
さて、論文も書き上げることができまして、投稿も完了しました。
いい雑誌ですが、そこまでインパクトファクターも高くなく日本人も多い論文なのですんなり行くかなとこのころは思っていました。
投稿後1ケ月ほど経って、メジャーリビジョンのお返事がきました。
これは想定内ですね。
追試も必要なので時間はかかりそうですが、難題ではありません。
この頃は論文以外に学位審査の準備はしていません。
秋 〜決まらない〜
再投稿を実施したのが9月でした。
10月に予備審査、11月に申請と考えると、マイナーリビジョンをいただいて、少し直してアクセプトされればギリギリ間に合うなという魂胆だったので、先生に連絡し、予備審査の都合をつけていただくことにしました。
予備審査開始にあたり、履歴書や論文目録を作成します。
履歴書は会社で見られると転職だと思われます(笑)こういうのは家で書きましょう。
ちなみに私は、学位書類は帰宅後や週末に実施しました。
英語論文の作成は業務の一部でもありますので、定時内でも書くことがあります。
ここら辺のさじ加減は個人によると思いますが、学位取得は業務ではないかなという判断です。
他に仕事はいっぱいありますしね。
予備審査は、複数の先生の前でプレゼン発表となります。
45分程度の発表を実施し、30分ほど質疑応答となります。
ここで論文博士に懐疑的な先生だと、論文の本数や質、学位に該当する実力かなどネチネチ言われます(笑)。
母校だったことや知ってる先生も多かったので、なんとかやりきり予備審査合格でした。
講評の中で、投稿中の論文が締め切りに間に合うか確認することも言われましたので、事務局に問い合わせ、その数日後に結果が届きました。めでたく、メジャーリビジョン(2回目)でした(泣)。
2人のレフェリーはマイナーで、もう1人がメジャーです。しかもメジャーの理由がエゲツない!先に行っておくれよ〜って感じでした。
とても一ヶ月後にアクセプトされる感じではなかったので、本審査には進まず一旦申請を中止し、この年の学位取得を諦めました。
冬 〜三度目の正直〜
もう、学位とは関係なく、論文との戦いです。
データを集め直し、構成を大幅に変えて、2ヶ月かけて再トライ!2ヶ月ほど待って(長い!)、その結果は、めでたく・・・メジャーリビジョン!
おいおい発狂もんです。2人のレフェリーは修正なし。
先の一人がメジャーです。今回も厳しい修正です。何度も言いますが、先に言ってくれ(笑)
エディターに言ってもいい状況だとは思いますが、狭い世の中ですしね。
おそらくこのレフェリーはあまり内容を見ずにコメント出して、審査が進むにつれて読み間違ってたのか納得いかない部分が出てきたんでしょうね。
途中でリジェクトもできないもんでこんな感じだったんでしょう。
今は冷静ですが、当時は嫌がらせ以外の何も感じなかったです。
さらに1ヶ月かけて再トライ。
ここでようやく、マイナーリビジョン(笑)。まだ続きますか(笑)。
4回リビジョンってあるんですね!
でも内容は大したことではなかったので、直してすぐにアクセプトでした。
全て終了したのが3月でした。
今頃学位取れてたはずなのになぁーと思いながら過ごしました。
春 〜再びの予備審査〜
学位審査に上期と後期があることを初めて知りました!
卒業の月といえば3月ですが、9月に学位取得もあるらしい。
海外用?と思いましたが昔からあるらしく、やはり過程博士の方で論文がアクセプトされなかったり、優秀な方で短縮取得される方で使われるようです。
再び同じような顔ぶれで予備審査をし、再び合格。そして申請に進みます。
こんな感じで、学位審査もクライマックスかなって思ってたらこの後も結構大変で。
春 〜意外に大変〜
実際に博士の審査を受けるのは英語の原著論文ではなく、博士論文です。
博士論文は日本語である決まりはなく大学にもよりますが、英語でも問題ありません。
私は、英語は苦手なので日本語をチョイスします。
今までの英語論文を日本語でまとめればいいやと軽い気持ちでした。
ところがいざ書いてみると、
進まない!
うまく書けない!
特許の明細書見たいな変な日本語に慣れてしまったのか・・・(笑)
しかも数本の論文をスムーズにまとめるのって超大変。構成がわからない。
さらにこの頃に子供が産まれて時間が全く取れなくなった 😯
夏 〜本審査〜
大学によって、審査のハードルがどこが高いか異なります。
この大学では、先輩などから予備審査がハードルと聞いていました。
予備審査を通過したら落ちることはまずないと。
私の場合は、実感として大変なのは本審査でした。
公開されるのだからいい論文を書くべきという先生が多かったこともあり、短い時間で大幅な修正を要されること数度でした。
修正のたびに、大学に伺ったので、この期間は有給を多めにとりました。
秋 〜めでたしめでたし〜
本審査完了から学位授与までは少し時間が空きました。
卒業式でもらう状況ではないので、ひっそりと学位を授かりました。
論文博士なのでこれくらいのひっそり感がちょうど良いです。
それでも感慨深いものです。
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