論文博士は医者のためのもの?

 

過去の記事で、論文博士の割合の中で医師の割合が高いことを説明しました。

 

 

論文博士の制度がなくなって困るのは実は社会人(サラリーマン)ではありません。

なぜならそもそもサラリーマンにとって論文博士の制度が現時点でも特殊だからです。

なくなって困るのは医師だと思います。

 

論文博士の制度を大きく公表しているのは医学研究科が多い

検索エンジンで、「論文博士」と入力して検索していただいて調べるとわかりますが、

大学が論文博士の要項を公表しているのは医学研究科が多いです。

北里大学大学院医療系研究科

https://www.kitasato-u.ac.jp/daigakuin/iryoukei/gakui_sinsei/paper.html

申請要件

査読付きの英語原著論文1報ですよ!

九州大学大学院医学研究科

http://www.grad.med.kyushu-u.ac.jp/doctors_course/degree_outline04.html

こちらもPDFを読むと主論文は1編となっています。

金沢医科大学

http://www.kanazawa-med.ac.jp/graduate/outline/gakui/yoko2.html

などなど医学系は論文博士の募集要項が公開されていることからもニーズが高いことが伺えます。

また、必要な論文数も主論文として英文のペーパー1報あれば良いところが多いようです。

これでは、過程博士と変わらないですね〜。

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その他の学科は?

あまり公開されていないところが多いですが、貴重なPDF資料がネットにありました。

旧帝大のアンケートで誰が答えているかわかりませんし、正しいのかもわかりません。

でも私が聞いた話と当てはまることも多いので参考になるのではないでしょうか。

http://www.eng.hokudai.ac.jp/jeep/15-16/jeep_report/data/EEP(APPENDIX3).pdf

やはり旧帝大の論文博士では、3〜5報を要求していることが多いようです。

不文律な内容も多いですが、暗黙の了解でそうなっているようです。

抜粋してみると

京大・機械系:最低数としては設定していないが,最低4から5報は掲載されている

京大・物質エネ化学:明記したものは無いが、不文律として原著論文5~10報がスタンダード。研 究発表会講演論文集は特に考慮に入れない。

阪大:研究科によって異なるようです。

○原則として、査読付1級論文を3本以上(うち、英文1本以上)。

1級論文ってどこですかね・・・Natureとかなんでしょうか(汗

東工大・有機高分子:最低1報(受理されたもの)、原則は3報

てな感じで、医学系よりは厳しいです。

 

アメリカの医学博士は?

こちらのブログを引用してみます。

https://www.carefriends.com/kido/newyork/n44.html

さて、アメリカで日本の学位に相当するのは何になるのだろうか。はたと頭を抱えてしまう。恐らくphD(ドクター・オブ・フィロソフィー)になるのだろうけれど、こちらでは誰も医師の取るphDを、足の裏の米粒だとは考えていない。医師は署名にMD (メディカル・ドクター)を付けることになっているが、このMDの後にphDが付いていたら、それこそ畏敬の目で見られる。恐らく全米のMDの5%もphDは取っていないだろう。だからMDプラスphDというのは、アメリカでは学者の中の学者なのだ。

かなり古い文章なので、今と状況は変わっていますが、アメリカの医師でph.Dを持っていない人は沢山います。

 

医学博士の問題点

こちらも他者の引用でご紹介します。

診療が終わってから、あるいは、自身の診療のない日や休日に実験などを行わなければならないので時間的余裕がない。そこで、研究補助員が代わりに実験を行う。論文を書く時間的余裕が無い者に対しては、指導教員が代わりに論文を書くこともある。つまり、「医学博士」は簡単に取得できる「博士」だということだ。

大学院生の質もさることながら、研究レベルの低下も医学部大学院の抱える問題点である。世界トップレベルの研究と低級な研究に二極化している。本来大学院への進学は、大学で熱心に勉学に励んだ者がさらにもっと勉強したい、興味のある分野で研究をしてみたいという強い思いで進むものであった。世界で一番良い研究を、世界で誰もしていない実験をしようと、夜遅くまで実験室や研究室でがんばっていた。生活のためにアルバイトをしながらも、大学院優先で、アルバイトはなるべく必要最小限に抑えていた。ところが今は、「医学博士」の安易な大量生産で研究テーマが干上がっており、研究内容は重みのないものが多い。しかも実験は他人任せで、論文も書けないという状況だ。

確かに、一部の旧帝大では、CNS(Cell、Nature、Science)やNEJM、Lancetがすべてのようなゴリゴリの研究室もあるようです。その一方で、論博で簡単に博士を取る状況もあります。

こんな背景があるので、日本の博士号は信用できないということになり、論文博士をなくせ!という状況になっているのだと思います。

博士号取得に関して、標準化や制度化を実施する必要があると思います。

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